26万票の意味と、私たちが日本会議に学ぶこと

(7/11改稿: 山田議員が獲得した議席数を、昨夜時点での予測値15万票ではなく最終確定のもの26万票に差し替えました。それに伴い各所も変更あります)

我らがオタクが表現規制反対を願って山田太郎議員に投票した数、26万票。
コミケにすると2日分弱、オタクを一つの圧力団体として見れば大きな業界圧力団体に匹敵する程度の組織になります。現在の日教組が可能な投票取りまとめ数の倍以上?

というわけで、ある程度の結果は出せたのは確かですが、それは求められる、言い換えると明確に結果と言えるものを出せたかどうかは、現時点ではいろいろ怪しいです。なぜなら今のところ議席確保には繋がりませんでしたから。

オタクは必ずしも表現規制反対で一枚板ではありません。表現規制賛成派として表現規制を推進するような活動を展開している即売会スタッフも存在が確認されています。他のしがらみで山田太郎に投票できないオタクもいるでしょう。そこまでひっくるめて、オタク世界とは26万票の票田であることを証明できた、と言えそうです。この数字は全国の有権者数1億人から見ると0.2%強。衆院・参院あわせて議員数が700人ちょっとなので、純粋に比率で考えるとオタク票田は1~2人の議員によって代表されてもよい計算になります。
しかし、たった1~2人にすぎないのも事実です。例えば日本会議国会議員懇談会はざっくり300人弱、LGBT議連が初会合で30人弱。そう考えると、やはりオタクは強くはありません。

このような状況を踏まえて、私たちは日本会議からも学べることがありそうです。

日本会議と言えば非民主的としか言いようがない自民党憲法案やその他安倍政権の施策の背後にある組織と言われています。その日本会議が力を獲得するきっかけとして指摘されている長崎大奪還が40年ほど前のイベントです。

hbol.jp

日本会議はこの時代から口コミを少しずつ広げ、時には谷口雅春をはじめとした宗教家のカリスマをもとに勢力を拡大し、とうとう政権与党に内閣総理大臣をはじめとする多数の同調者を送り込むことに成功しました。

私たちオタクは、オタクでない市民の共感や理解を得るために努力してきたでしょうか?いいえ、多分それどころではなく、むしろオタクの間でさえ反目してきたのではないでしょうか。特に女性向けの同調圧力は、オタクの間でさえ自分たちの活動を隠す力として機能してきました。
これでは、口コミをはじめとした共感を得ることは決してできません。

私たちは、日本会議から学ぶべきです。根気強く、少しずつ丁寧に多くの市民の共感を得ることができれば、民主主義を破壊することさえできるのだ、と。我々オタクが自分たちの表現の自由を確保することが、民主主義を破壊することより原理的に難しいこととは思えません。

私たちも、まもなく訪れる敗北から表現の自由のために一歩一歩歩んでいこうではありませんか。
日本は1945年8月15日に敗北し主権を失いましたが、今やここまで辿り着きました。敗北は終わりではありません。むしろ出発点の定義でもあります。